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カルト宗教の“一厘”とは

ワールドメイトでは「神仕組み」「一厘」などという言葉がよく用いられていました。これは、私の知る限りでは大本(教)系の言葉という印象があります。「残りの九分九厘をひっくり返す一厘の神の存在」として「鍵」や「神髄」のように、ワールドメイトでも用いられていたと考えています。

大本系・古神道などのムーブメントにおける「一厘」の意味や霊的・宗教的な部分や教義につきましては今回言及しません。また、それらの言葉について性急に知識を仕入れることもお勧めいたしません。身近な人がはまり込んでいるであろう知識や専門用語を知りたいと思われる気持ちも分かりますが、興味本位で踏み込むのはリスクが伴うからです。

( 少なくとも、私自身は「現時点では神示系の文言に価値を見ていません」。古神道という一連のムーブメントにも少なからず疑いの目をもっています。ですが、古神道を標榜する宗教や教義を否定するわけではありません。カルトに相対するにあたっては、ご自身の信仰も、大きな支えとなりましょうから...。 )


では、ワールドメイト会員に相対するにあたって、周辺の人間が留意すべき「一厘」「神仕組み」の意味とは何なのでしょうか?

それは、「キーワード」として用いられる特殊な「専門用語」です。
カルトに限らず、特定の教団に於いては符牒とも言うべき「特殊用語」や「用法」が存在します。カルトの場合は、教祖の言葉や教義をキーワードに、それを破壊的・破滅的な方向に用いることで構成員を思考停止に導き、指導者側の有利な方向へ誘導していきます。
世間に言う「アンカー、アンカリング、トリガー」などに見られる催眠誘導と同義ですが、熱心な会員は基本的に気付かぬうちに誘導されていますので、疑念を持ちません。
不思議に思われるかもしれませんが、現実にバランスを失いつつある会員に対して、ご家族なり友人なりが批判を試みたとしても「ワールドメイトではそんなことはあり得ない」と会員は主張するでしょう。おそらく公式サイトにおける「コンプライアンス」や「トラブルの起きない5つの基本ポリシー」を挙げて、相手にしようとしないか反論すると思います。おそらく「現実を見ろ」的な事実の提示をして徹底的にやり込めたとしても、無駄に終わります。団体内の言説にリアリティを感じ、マインドコントロールの下にある会員の心に届くことはないからです。

ワールドメイトにおける「一厘」とは。手段だけを見れば、詰まるところ「全否定のキーワードです。
「九分九厘作り上げていても、一厘がないと全然ダメ」というように、まじめな会員層がどんなに頑張っても、「一厘」で全否定ができてしまう。
逆にどんなにダメダメでも「一厘」で無茶がまかり通って全肯定ができてしまう。
これらは「会員の一厘を掴むことで残りの九分九厘を支配できる」というシステムでもあります。本来は神や神霊が一厘だとされ、会員はその器として九分九厘を全うするべく励まれておられる「前提」となっているのですが、その一厘キーワードとして教祖なり教団が利用しようと思えばできてしまうわけです。

では、なぜ一厘をつかめば残りの九分九厘を支配できてしまうのか?

それは、「会員個人のリアリティはすべて会員本人に内在しているから」ということに尽きます。

会員がワールドメイトや深見東州氏に傾倒しはじめる切っ掛けの一つに、神示や秘法会などでいわゆる「神秘体験」を体験することが挙げられます。「体外離脱」や「見えないはずの物が見えたり、聞こえたりする」など五感の変容を伴い、ときには人格にも影響を与えることがあります。これらも宗教色を排してとらえるならば、現象自体は「催眠誘導における変成意識状態」とそう変わりはありません。そして、無意識のうちに会員の情動は指導者である深見氏の話に潜む「キーワード」によって誘導されていくようになるのです

 しかし、それら神秘体験は神の存在や団体の教義の正しさを必ずしも証明するものではありません。
 逆に言えば、それら五感の変容は自身の能力に過ぎず、秘法会や祈祷会における誘導によって起こった結果に過ぎません。
 ところが「教団(教祖)の教義が正しいから神秘体験が起こったのだ」という論理の刷り込みによって、「本来自身の能力によって起こった体験が信仰や帰依の強化につながってゆく」という結果を招くのです。

もう一つ、「一厘」の弊害としてあげられることは、「論理的な思考を奪う」点です。ワールドメイトでは「論理的な思考や理屈っぽい人は秘法会を受けても効果が薄い」「神霊に感応できない(神や霊を感じとることができない)」という主張を教団が行いますが、それも「ワールドメイト流のプロテクト」だと言えます。暗に「批判的な思考で秘法や祈祷を受けても効果は薄いよ」という誘導をおこなっているだけなのですが、催眠誘導の手法としてみれば効果的な前振りだとも言えます。


もちろん、「宗教・霊能行為に催眠誘導の技法が伝統的に用いられていること」それ自体は特に批判したくはないのです。誘導の結果が、宗教が本来の目的とする「信仰」や「神仏への帰依や畏敬」や「人格や霊性などの向上」につながるならそれもよいでしょう。
しかしそれら「崇高な理念」すらもたんに一厘なる「お題目」として利用され、カルト教団の行う「神事や秘法会という名の集客・集金ノルマへの誘導」に帰結するのならば、それは誘導者である指導者や組織の体質として批判されるべきものだと考えます。

それらの批判が、会員や組織内のコミュニテイによる自浄作用なり、外部の意見なりで問題視されたり改善されるならば、組織の健全性を期待できることでしょう。
しかし、退会者や会員に不幸な結果をもたらし、或いは恐怖や不安を植え付け、当事者のみならず家族や知人など周辺に悪意ある影響を与えて続けているのであるならば。
それらの手法を行う団体への批判は、会員自体だけではない、その周辺から起こり続けることでしょう。

その多くは、サイレントマジョリティ(静かなる多数派)であり、積極的に教団批判はしません。ただ、「コスモメイト」「パワフルコスモメイト」「ワールドメイト」「世界中に愛をワールドメイト」「深見青山」「深見東州」などのキーワードを忘れず、その界隈から距離を置くだけです。
なかにはその名を「忘れようにも忘れられない」、という人もおられるのだと思います。

こちらではそのようなかたがたに向けて、なにがしかの一助と思い、世界中に愛をワールドメイト関連の回想と現状の考察を兼ねて「カルト宗教の“一厘”」について述べてみた次第です。上に述べたような「悪意あるプロテクト」「心に打ち込まれたくさび」の存在が、世界中に愛をワールドメイトにも存在する、という事をまず認識していただきたいのです。
それらの存在を意識するだけでも、プロテクトの影響を弱める事ができます。「脅し」としての「暗示」はあくまでも「ほのめかす」がゆえに効果があるのです。

もし、対話を求めた批判者や告発者が仮に「教団関係者に訴えられたり」「脅迫されたり」、あるいは監禁や暴行された、という事実が明らかとなった場合には。それはまた次の段階の話になります。
それらの事実につきましては、今は「教団・告発者双方の見解を精査」される事をお勧めするにとどめておきます。

なにより、それらの事実が明らかになった時、教団の内と外で異なる言説を使い分けはじめた時。その団体は「カルト」と呼ばれることになるのではないでしょうか?

世界中に愛をワールドメイトにそのような事実が存在するか否か?この場では、あるいは現段階ではあえて明言しません。

ただ、この場では心を縛る「プロテクト」の存在を明示して、実際に苦しむかたがたの心を緩和したいだけなのです。

「世界中に愛をワールドメイト側の言説では救われない」こころを。

テーマ:不安定な心 - ジャンル:心と身体

【 2011/02/21 01:37 】

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新年のご挨拶を申し上げます。

旧年中はお世話になりました。

当方にお声掛けいただきながら、思うようにお返事できずにおりました事。

また私事ながら旧年中は色々ございまして、なかなか「世界中に愛をワールドメイト」関連の事象を見聞することも、皆さまの議論に参加することもかなわぬまま、半年が過ぎてしまいました事。

自らの力不足をお詫び申し上げますと共に、皆さまのご厚意に御礼申し上げます。

 

皆さまにとってよりよい年となりますように。

思うところはあるのですが、またいずれ...。

いつになるのか、と言う感じではあるのですが。

この場所が、世界中に愛をワールドメイトに「つかれた」皆さまにとって、再び立ち上がる一助となりますことを...願ってやみません。

 

本当に、ささやかな場所ではございますが。

ネットの片隅より。

 

【 2010/01/01 22:26 】

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退会者・脱会者のフォローとケアについて。
世界中に愛をワールドメイト、もしくは主宰である深見氏に疑問を持ち、彼らの影響力から適切な距離をとる、もしくは脱会をするにあたって、当事者並びに周辺の人々は多大なエネルギーを消耗する事になります。
会員であったならば、精神的支柱、もしくは依存の対象であった存在を裏切ったもしれないという罪悪感や、神示などに含まれる危機感を煽るメッセージへの恐怖などに対処しなければならず、退会したばかりの会員にとってそれは容易ではありません。

退会者が本人の意志で退会した場合、周囲は極力理解を持って接してあげて下さい。
これは、会員であった時と同じように、あるいはそれ以上に、周囲の人間は理解と忍耐と、愛が試されるからです。

特に「会員時の言動を責める」「批判する」「否定する」「(社会復帰を)急かす」などの衝動に向き合い、どう消化するのかという点に周囲は特に留意する必要があるでしょう。

おそらく、当事者の周辺にいる皆様はこう思われるでしょう。
「なぜ脱会者にワールドメイト批判をしてはいけないのだ?」
「世界中に愛をワールドメイトや深見氏は全くのインチキじゃないか!」
「○○(当事者)は、だまされていたのよ!」

などと。

もちろん、批判したい気持ちや衝動を否定するつもりはありません。
そして、それらの衝動を行動に移す、という過程もまた...個々の差はあれ必然だと思います。

ただし、あくまで過程としてです。
できれば...なるべくしない方がよいのです。


カルト脱会を身近に感じてもらう一つの例として、禁煙や禁酒、ダイエットについて想像してみて下さい。
「(タバコ、アルコール、肥満が)身体に悪いのは知っているよ」「いつでも止められるさ」といいながら止められないというケース。

あるいは害悪を理解していながら「でもまぁ、落ち着くから」「ストレスはかえって健康に悪いよ」と現状を弁護し出す人々のことを。

禁煙ダイエットを始めながら、再びタバコや酒に手を出してしまう割合は思いのほか多いと聞きます。ダイエットに成功した人が数年後にリバウンドしてしまったり、体型や体重を維持できなかった割合もまた、一定の割合で存在するのではないでしょうか。

禁煙を、達成できた、さぁ一服。なんていうと冗談なようですが、ダイエットではよく見かける光景だと思います。しかし禁煙も禁酒もダイエットも...本質は、一生続くという事なのです。

ところが、何かと理由をつけてふたたび酒やタバコやジャンクフードに手をだしてしまったとき。
再び舞い戻る失意、誘惑と衝動、リバウンドなどの心身の悪影響から逃れる事は容易ではありません。
これらは何度でも繰り返す可能性があり、繰り返す内に、ダメージを受け続けるのです。
内面に、傷を負い、自分で自己評価を下げ続けるのです。
それは、心の耐性を弱め、再び罹患する可能性を高めることになります。

つまり、他教団やカルトなど精神的依存の対象を変えて放浪し続けることに他なりません。
新しいダイエット法が流行るたびに飛びついては失敗する人々のように。

それらを第三者の立場から批判するのは容易でしょう。
でも、その心情を理解し、サポートする立場であった場合。
かつての中毒にあった状態を批判し、当時の行動を責める事はふたたび依存対象へ手を出すというきっかけを作ることになるかもしれません。対象を崖の縁に追いやり、突き落とす事につながるかもしれません。

また、退会者が突然「ワールドメイト会員であった自分」を否定・批判し始める、という時にも留意しておいて下さい。
自らを省みることで、かつての自分を消化し、次のステップに進めます。そんな中で、かつての自分を否定するというのは、勇気のいる事でしょう。
ですが、そういうプロセスなしに、かつての自分をいきなり全否定するという事は、自らの一部を否定し、切り離すという事です。
しかし、認められない自分、許し難い自分というものは、姿を変えて心を責めます。
逆を言えば「そこを責められると弱い」という事なのです。
周囲の支援者にしろ、引き留める側の教団にしろ、遠慮無く退会者を責め立てるならば、自らもまた自分を責めるのです。誰も認めてくれないから、自分も自分を切りつけねばならないのです。
それは、とても気の毒な事だと思います。

そして、もう一つ気になる事があります。
それは、退会・脱会後の挫折や不満のはけ口として「ワールドメイト会員であった自分」が攻撃や逃げの対象になる事です。
ワールドメイトに入らなければ、あれもできた、これもできたはずだ」
ワールドメイトに費やした金額で...」
「あんな団体に入りさえしなければ...」

などをくりかえし、現状から脱却できないようになってしまう。
これもまた一時的な過程に過ぎないのならばそれはそれでよいのですが、これが恒常的になりますと逆の意味でワールドメイトに拘泥してしまっている状態だと言えます。
延々とワールドメイトへの呪詛を垂れ流し続ける、という状態がこれからの人生では本末転倒です。

これら退会・脱会者へのサポートを行うにあたって、当事者並びに周囲ができることは何なのでしょうか。専門的なことは数多くあるのでしょうが、一つあげるならば「全部を“過程として”認めてあげる、あるいは理解を示すこと」だと思います。

一つの例としては、「発展的退会」という方法があります。
身近な例で言えば西谷氏など、幹部的他立場にいた人がワールドメイトを退会するときに用いた方法論を使えばよいのです。近年の例で言えば、手相家として活躍されている西谷氏のように。

ワールドメイトにいた自分」はあくまで通過点に過ぎないのだと言うこと。
ワールドメイト会員として周囲に迷惑や心配を掛けた自分も、今に至るに必要な過程であったこと。

回り道や、間違った方向に進んでいたとしても、やり直しはきくのだということ。
ワールドメイトで失った以上に、これから得られるものは大きいのだと決意すること。
周囲と、ワールドメイトにいた自分に感謝すること。


そのうち、「世界中に愛をワールドメイト」の宗教観や枠組みが、小っちゃく思えるようになります。

そのときこそ、本当に意味でワールドメイトを消化し、決別できたと言えるのではないでしょうか。

その時には、世界中に愛をワールドメイトの批判も、悪意なく愛をもってできるようになることでしょう。

【 2009/07/20 22:59 】

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ワールドメイト会員の周辺にいる皆様へ。

おそらく、こちらを御覧の方は、宗教団体「世界中に愛をワールドメイト」会員の行動や活動と何らかの関わりを持ったことがきっかけで、当該団体のことを知りたいと思われた。あるいはご自身が現時点でワールドメイトの会員or退会者である方々なのだろうと思います。そのきっかけについてもいろんなケースがあろうかと思います。

家族・恋人が会員であるらしい。
というか、たちばな出版の書籍をもらい、イベントに誘われた。
手相無料鑑定などを通じて勧誘を受け、教団のビデオを見せられた。
正直言って引いた。

子供の様子がおかしい。
「頭の部分に島津家の紋章みたいなマークのついた怪しい人型の紙切れ」を渡され、
名前を書けと言われた。
息子が、ふだん着ることもない背広やスーツを着込んで出かけていくのだが、
どうやら就職活動でもないようだ...。
時には夕方頃出かけていき、帰宅が夜半になり、帰ってもこない事がある。
その直前には「南」を名乗る謎の電話があり、しかも毎回声が変わる。
...何かの勧誘だろうか?。

そして、現在様々な「違和感」を感じておられるのではないかと思います。

会員のかたは「疑念」や「矛盾」を。

退会者のかたは「恐怖」や「不安」そして「喪失感」を。

会員周辺の皆様方は「不安」や「焦燥感」を。

さらに、段階が進むにつれて「会員となった家族や恋人」との間で感情的な対立に至ったり、あるいは「生活を共有できなくなる」などといった具体的な問題が明らかになることもあるでしょう。、会員周辺の人たちによる「当該団体に対する好悪の評価」が決定的になるのも、そのあたりからだと思います。

たとえば、「借金ができた」「欠勤が多くなった」「仕事を辞めた」「世界中に愛をワールドメイト関連の行事をすべてに優先させる」...etc。

そんななかにおいて。

おそらく、ワールドメイト会員の言動によって、呆れたり、怒ったり、悲しまれた方もおられるだろうと思います。

なかには「世界の危機」「前世」「先祖の因縁」を延々述べられたり、いきなり叫ばれたりと、「豹変」とも言うべき態度を見せられて傷ついた方もおられるかと思います。

なぜ、そんな態度をとられたのか?
もう以前のあなたではなくなってしまったのか?
これが噂に聞く「マインドコントロール」や「洗脳」というものなのだろうか?

世界中に愛をワールドメイトはカルト教団なのだろうか?

その一つ一つが、状況に直面している方々にとっては切実な問題であり、憤りをいだかれるのも誠にごもっともなことだと思います。

そんな混乱の中にあるときに、誠に申し訳ありませんが......まず一つだけ、確認しておいてほしいことがあります。

ご自身は、本心どう思っておられますか?
カルトから(誰かを)脱会させたい、というのは......会員である当人のためですか?
それとも......それは建前で、本音は自らの「周囲の風評や保身」や「利害絡み」などのためですか?
これは、会員・退会者・会員周辺の皆様すべてに通じることでもあります。

これは、本来なら聞いてはいけないことかもしれません。

そして、実は正解なんて有りません。

相手のためと言いながら自分のためであることだって、実生活では往々にしてよくあることです。巻き込まれたあなたも、首を突っ込まれたあなたも当事者に違いはないのですから。

ですが、宗教と名のつくものは、やがて自らの本音と向き合うときがやってきます。

カルトは、その本音を掴み取って、いつの間にか都合のよい別物にすり替えてしまいます。

または、本心や本音を偽る絶好の建前を与えられて、建前に依存する体質に変わっていきます。

多くの会員は、「愛念」や「平和」を唱え、善意を基本に行動しているのだと思います。

あなたが脱会を願い、助けたいと思う会員の多くは、本当は心優しい方々なのだろうと思います。

しかしながら、その善意を逆手にとられて、「一見わかりやすく、あるなしの二元論で割り切れそうな世界」を刷り込まれた会員とどう向き合うのかを考えたとき、ご自身の本音なり立場なりを再確認しておかねば、おそらく徒労に終わるのではないかと思います。

逆に、下手に感情を露わにすることでご自身の本音を掴まれたり、つつかれたりした場合...ややこしいことになります。(相手の本心や「痛いところ」を突いたたときに、相手がどうなるのか、ということを想像してみて下さい)

たとえば、怒りにまかせて「相手の世界」を全否定してしまったり、感情的な対立に陥ってしまうとか。そうなった場合、どんなに理を尽くし正論を説いても、相手を追い詰めるだけです。それどころか、相手が技量に長けている場合、逆に論破されたり説得されてしまう可能性すらあるのです。

少なくとも、カルト教団はその手のノウハウに長けていますし、会員の思考や心理にある種のプロテクトをかけることすらあります。

例えば、世界中に愛をワールドメイトにおいても「神人合一」という境地を建前としているわけですが、実際は祈れば祈るほど教団や教祖に対する精神的依存を強めていき、最終的な境地からは遠くなるようにように仕向けられているとしたら?

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以前、世界中に愛をワールドメイトに関連して生じた問題について、専門家に相談したとき......こんな感じのことを言われたことがあります。

自己責任ですから、放っておかれてはいかがですか

「カルトから(誰かを)取り戻す。あなた自身の生活・家族・仕事、すべてがメチャクチャになりますよ。

これは、ある事を相談しに行った先の弁護士さんに言われてショックを受け、同時にカチンときた言葉でもあります。

ですが、その弁護士さんにとっては現場を体験された上での言葉でしょう。

少なくとも、現実の一端なのです。

「それは会員ご本人の意志でしたことですから、自分で責任をとらせたらいいでしょう」

「会員当人の問題で終わりそうにないからこちらが心配しているのに!」とそのときは内心穏やかではなかったのですが、あとで冷静に考えますと会員を現実社会に引き戻す時間と労力よりも、今後の付き合いを絶つなり、とばっちりを受けぬように法的に禍根を断つ算段を考えた方が、圧倒的に楽ですし理にかなっています。

理や利を考えたら割に合いませんよね。

でも。

親兄弟、恋人など情の部分で割り切れない関係だってあるでしょう。

それならばなおのこと、一時の激情や義憤だけでは続きません

自らの行動の原点となる“何か”を築いてください。

時間をかけても良いですから。

会員や、その後ろにあるシステムと戦うにあたって、必ず力になってくれるはずです。

不本意かもしれませんが、気長にいきましょう。

こういうとき、親御さんというのは......強いですね。

子供に対する愛情を、無私に注いだ愛情を体験として持っている人たちは。

金や不信で容易に切れる霊線や神とのつながりよりも、強い絆を持っているのですから。

本当はそういう絆や“なにか”をこそ信心とか信仰とか言ったのかもしれません...。

【 2008/09/10 15:00 】

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いま、このブログを訪れておられるあなたへ。
いま、このブログを訪れておられるあなたへ。えぇと、はじめまして。あるいは、ようこそ。こちらでは、脱力系のネタではなく、少しまじめに「世界中に愛をワールドメイト」に関する問題を考えてみたいと思います。ふと思いついて、場所を確保したはよいものの、どう書いたら悩みながら、いつしか失念しておりました。……いえ、目を逸らしていた。と言う方が正しいのかもしれません。 それでも、劇場の方で「デンコさんのBlog移転記事」を書いたときに、こちらの事を思い出したようなわけですから、世の中何がきっかけになるかわかりません。 本来、世界中に愛をワールドメイトに関わる無為な時間をもっと有意義な活動に振り向けたいと思うのですけれども、「世界中に愛をワールドメイト」界隈の諸問題に興味を持ち続ける限りは、良きにつけ悪しきにつけ「気になる」問題ではありつづけているのです…えぇ。ならば無為を(少なくとも自分の内には)有為なものに変えるべく、文字を綴ってみるのも一興かと。……どう書いても言い訳めいているのは仕方がないか(苦笑)。
「世界中に愛をワールドメイト」関係者・現会員・シンパの皆様へ こちらでは「世界中に愛をワールドメイト」退会者・疑念を持った方が抱くであろう「恐怖」に対処する手法として、「世界中に愛をワールドメイト」批判を行っております。 (会員のみなさまには意外に思われるかもしれませんが、実際に苦しむ人は存在するのです。そしてそれらは団体側の神霊による解説とは異なる理由で!)短いながらも「世界中に愛をワールドメイト」にて勉強させていただいたことは感謝しておりますし、その帰結として、世に益することとして意見を主張させていただくことも一つの恩返しではなかろうかと考えます。 もちろん、こちらで書く内容についての批判や意見もあろうかと思いますが、それらにつきましては、メールやコメントやトラックバックなどでご意見をいただければと思います。
「世界中に愛をワールドメイト」退会者・アンチ・不安を抱く関係者の皆様へ。 こちらで書こうと思っていることは、おそらくは独りよがりな私見に過ぎません。が、「世界中に愛をワールドメイト」退会後の心身のフォローというのは、独りだけではでは難しい部分があります。私自身も会員とそのご家族との間に立って、話を聞く機会がございましたが、会員の話を「ただ聞く」というだけでも、かなりの消耗を強いられるのではないでしょうか。 家族など近しい人であればあるほど、退会者の心身を支援することで、「疲れ果てる」といったこともあるでしょう。 基本的にこちらは「世界中に愛をワールドメイト」について個人的に問題視している点を書きますが、この場所では「世界中に愛をワールドメイト」側の教えを全否定するつもりはありません。ましてや「あんなカルト潰れてしまえ!」とも書きません(そう思うことまでは否定しませんが)。 ただ、退会者がネットで言う「退会して爆発的に大開運」する方法が存在する、というのは嘘でもなんでもなく、ある人は信仰によって(またある人は信仰以外によって)、その方法を実行しているのだということをご理解いただきたい。 その結実は、深見東州氏や世界中に愛をワールドメイトの言葉を、ある意味においては会員よりも忠実に継承したという「証」でもあるのです。  たぶん、その時には「世界中に愛をワールドメイト」自体がどうでもよくなっていることでしょう。 深見東州氏の言葉を借りるならば「会員でいるも退会するも、アンチもシンパも闊達自在の境地」というやつです。「退会後のある時期」を抜けた方には頷いていただけるかもしれませんし、退会を悩んでいたり「ある時期」のただ中にある方は「ふざけるな!」とお怒りになるかもしれません。 それは、禁煙や一輪車の練習にも似ています。達成できてから後から思いだすのと、その只中にある時の思いとでは、ものの見方に大きな違いを感じるように。
 ……「なんだか“ワールドメイト”側の発言みたい」ですか? ……確かに、そう見えるかもしれません。 「世界中に愛をワールドメイト」退会の過程に於いて宗教というベースすらも全否定されることは、他人事ではいられません。なにより信仰を持つ一個人として、辛いものですから。 一部の退会者や周囲の人間にとって“「世界中に愛をワールドメイト」に関する言葉を聞くのもいやだ”“本屋に並ぶ「たちばな出版のフェア」を見ると怒りが沸く”という意見は少なからず存在します。このような潜在的なアンチ層が醸成されていくことは、神道をベースにする宗教全般にとっても、由々しき事態ですし、関連宗教団体にとっても、よいことだとはあまり思えません。  しかしながら、「世界中に愛をワールドメイト」との着地点なり妥協点が見いだせるのならば。メイトの何処が宿痾となっているのかを認識できるならば、あるいは「退会後も役に立つ」自らの立ち位置を、それが如何なるものかを、考えてみるのもよいかと思うのです。 全部捨て去って、憑き物が落ちたようにスッキリする、というのが最も手っ取り早いのかもしれませんが。 私もまた、自分なりに考えてみたいのです。

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【 2008/04/16 13:32 】

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